志村會にいってきた

先日参列してきた、志村會について。
会場内の写真撮影が禁止だったので、イメージはないのですが、アタシが見て聞いたものをここに控えておこうと思います。

仕事終わりに、東京駅で花束、これがイメージとかけ離れた淡くてラブリーなものになってしまったのだが、ともかく束ねてもらった花束を抱えて、中央線へ。
たまたま隣にも、きっとそうだろうな…という白い小振りな花束を紙袋にいれて座っている女性。
同い年くらいかな。一緒にいく友人とメールしているのか、ケータイをいじっている以外は、俯いてた。時折、鼻をすする音が聞こえて、泣くのを堪えていたのかもしれない。

中野につくと、バンドマン風から、極々大人しそうな女の子まで、多種多様なひとが花束を抱えて、提げて、歩いていたり、走っていたり、待ちぼうけしていたり。
たぶん、あの日、中野駅前からサンプラザまでもが花で埋め尽くされていたと思う。

サンプラザの表口入って、正面の階段で、メッセージカードをどうぞ、と簡素な紙一枚もらいました。紙にメッセージなんて書く気はなかったんだけど、、、ありがとう、これからも聴き続ける、と一言二言ほど。
いざ、会場のホールに入ると、うねるようなひとの波。
一瞬どうなってるんだろう…と思ったが、よく見ると、誘導されて、ホールの左端へ右端へとずるずるずらずら並んでいる列。ホールの一番後ろの高いところから、ステージ前の低いところまで、整然とした椅子に沿って、ぞろぞろとゆっくり降りていく。富士山の登下山路みたい。
ステージ前まで進むのに、20分ほどはかかっただろうか。

会場では始終、フジファブリックの曲がかかっていて、もうどの曲が流れていたかも思い出せないけど、泣けてきた。エイプリルとか、バウムクーヘンとか、茜色の夕日だったと思う。
ひとりで来ているらしい女子高生が泣いて目を赤く腫らしていて、切なくなった。
けど、ステージでは、志村さんがいやにカッコつけて立っている写真がすこし微笑んでいて、こんなに大勢の女性を泣かせるとは罪な男だな…と。富士山と真っ赤なギターを模した花の飾り付け、愛用のギターたちがずらっと並べられていて、さらにその前に色とりどりの花々が次々と罪な男へと捧げられていく。

ホール横の座席にご親族らしい人たちが、ひっそり座っていて、深く一礼し、そしてステージの方へ。ステージの脇の方には空のギターケースが置かれていて、その中にメッセージカードを入れるようにと案内があり、そっと置き入れた。
やっとステージ前。
花束をステージに置いて、手を合わせた。
何か届いたかもしれないし、何も届いてないかもしれない。
でも、まぁ、だから、自己満なので、それでもいい。

自己満を済ませ、ホールを出たところには、企画運営関係者と思われる方々。アタシは疎くて全く誰だかはわからなかったけど、こんなお金にもならない会をわざわざ開いてくれたひとたちだろうと思って、丁寧にお辞儀しようとしたけど、鼻水が出て仕方なくて、半端な挨拶になってしまった。。
またすぐに、どうぞ、と何か手渡された。チケットと記念品らしい。
あとで記念品の封筒を開けたら、志村さんのポストカードが入ってた。

さて、少し広いスペースに出た、と思ったら、またすごいひとだかり。
どうやら、生前愛用していたギターやらが展示されているらしい。
少し見たかったけど、次の用事にすでに遅刻していたので、諦めた。

最近とくに行き帰りはウォークマン(iPhoneもってるけど音楽はウォークマンで聴いてる)で音楽聴きながら帰るんだけど、その日の帰りの電車、「クロニクル」がかかって、ぐらりときてしまった。

気にしないで 今日の事は いつか時が 忘れさせるよ

人間というのは都合のいい生き物で、たしかに忘れてしまう日もくることだろうね。
でも、きっと、志村さんの死を悲しんでいるひとは、きっとみんな、こう思ってるんぢゃないかな、と思ってる。

キミに会えた事は キミのいない今日も
人生でかけがえの無いものでありつづけます

志村會

志村會。
今日、デザイン勉強会の前に会社早上がりで行く予定です。

ぶっちゃけ、アタシは彼の凄いファンだったということでもなくて、フジファブリックの曲もTSUTAYAで借りて聴いたことしかなかったし、ましてやライブなんて行ったことなかった。
だから、本当のところ、ファンのひとたちに交じって追悼だなんて、大層おこがましいばかりで、気が引けて仕方がない。

それでも行ってみようかな…と思った。
言葉に出来る理由なんてないけど、そう思ったことだけでいいかな、と。
ただのミーハーなのかもしれない。
でも行きたいと思ったから、
アタシは行くのである。

ひとが亡くなって、
そのひとのために、
ほかのひとが出来ることなんて…
きっと自己満。自己満のために行きます。