幸福論
本当のしあわせを さがしたときに
愛し愛されたいと考えるよになりました。
そ、出来ればgive&takeがいいよね。
でも、やっぱ女は愛されてなんぼな気がしたよ。
愛されている女は強い。
自信を持てるし、だから輝けるし、その輝きにひとも集まる、そしてますます愛される。
銀座のホステスみたいだな。
異性だとかの愛だけでなく、友達とかも含め。
理屈なんて関係なくて、底知れぬ力が湧く。
たぶん、そんなもの。
男の愛は光。
友の愛は水。
あと、家族は土ってところか。
なにしろ、
光と水、どっちがあり過ぎてもなさ過ぎても、腐ったり、枯れ足りする。
土壌がしっかりしていなければ、根も張れないし、ぐらつく。
バランス、か。
個人的にはバランスとか苦手。
偏るのは得意。
ひとつのことにしか集中できないんだよなぁ。
不器用。
つか愛されるってなんだよ。
ぐらぐらの状態で愛されたいって願うのは傲慢?
ま、とか何とか云って、結局エロースってことだわな。
自分のことしか考えられていない。
自己満足のための自己欺瞞。
愛もクソもないぜ。
て、あ、そもそも論になってきちゃった。
人間だからある程度はそこの部分はしょーがないって思ってるんだが。
綺麗事ばっかりじゃないからね。
愛されて 優しくなれて
その優しさ故に愛されて
君と僕が
そんなメビウスの輪の上を笑いながら
寄り添って歩けたなら
だからきっと愛してくれないひととは一緒に行けない。
無理に一緒に歩いていてもきっと自分が嫌いになる。
だからしょーがない。
君が其処に生きているという真実だけで 幸福なのです。
って面と向かって言えるくらいに駄々っ広い心を持てたら、それは本当に幸福だ。
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ