好きなひとにフラれた。

それだけ。
よくある話。

なのにどうしてこうも動揺してしまうかな。
食欲わかない。
それでも出勤出来てる自分に万歳!

社会人ってこうして歳くってくのかしらね。

フラれた理由というようなものを羅列されたとき、
あんまりにも「そのとおり!」と思ったから、なんか反論出来なかったよ。
今までもそうで、でも少しはマシになってるんじゃないかなって思ってたから、すごく痛かった。
あ、やっぱりダメなままだったみたい、と。

フラれた、という事実もとても今アタシを凹ませているけれど、
それと共に、自分の向きあわなきゃいけないダメなところが露呈してしまって、
それが実は一番辛いかもしれない。

だってそれって今までずっと生きてきた中でそうなってしまった部分で、
今すぐにどうしようもない部分で、
でもどうにかしなきゃいけない部分で、
どうにかしたい部分で、
それで、たぶん、それが解決するまでアタシは恋愛とか向いてないままなんだと思う。

けど、やっぱどうしたらいいかよくわかんないなぁ。

大半のひとには、「隙がない」って言われて、
好きな人には、「自分がない」って言われる。

ないわけじゃない。
出さないだけで、たぶん。

僕は透明人間さ きっと透けてしまう

結局、いつも行き着く先が
「自信がない」
ってところなんだよね。

自信がないから、好意を持たれても「なんで?!」って思って引いちゃうし、
自信がないから、好きなひとからはアタシは魅力的に見えない。

知ってるよ、もういい加減。
それなりに生きてきたもの。
わかってる。
わかってるからこそ悔しくて哀しい。

自分が完全なる無能だなんて思ってない。
意外と出来ること多いよ。
けど、だから何だっていうんだ。
やれば出来るのは当たり前で、やって出来たからって自信になんてならない。

今まで、環境的に、認めてもらうっていう場が少なすぎたのかもしれない。
自分でいうのも何だけど、どっちかっつったら優等生で生きてきて、「お前なら出来て当たり前」みたいな目で見られてた時間は長い。
「よくできました」って手放しで褒められたのはもう十何年前の話だろうか。

まわりの、特に大人たちの求める自分像みたいのを実践するのは結構簡単で、そうした自分であることで大人は喜んでくれる。
それで居場所を確保してたアタシにとって、それこそ不良みたいに自分の個を打ち出して認めてほしいって足掻いているひとは、なんだかとても生き方が下手くそに見えてた。
相手の思惑通りに動いていれば、すんなり認めてもらえるのにって。
でも、今思えば、そうやって目先の利益で行動して、自分というものを確立してこなかった人間は、そりゃ薄っぺらくもなるわな、と。

大学入って、それぞれが自分の進路を考え始める時、たぶん今までで一番激しくその壁にぶち当たった。
うわー自分何したいんだろ。

やっと必死に考えて、デザインの分野に興味をもった。
絵を描いたり、レイアウトするのは好きで、
あとセンスがすっごいイイ!ってわけではないけど、逆に大半のひとに嫌われないものを作る自信はあった、そうやって生きてきたからね。
でも、新卒でデザイナーってなると、専門だとか美大限定だったりする。
で、最終的に、経験不問のWeb制作会社に入った。
今ここ。

で、やっぱりまだ薄っぺらなままだよ。
会社に入ってから、HTMLとかCSSの勉強はさせてもらった。
でも、それだけじゃやってけないっていうことも知った。
だから、少しずつだけど、JSとかASの勉強も始めた。
システムのことも勉強しなきゃなって思ってる。

だからね、だからね、まだ発展途上なんだよ。
まだ、自信をもてる状況なんかじゃないんだよ。
まだまだ迷ってて、彷徨い歩いてて、歩いてく方向を見出せない。
ほんとに最近やっと、あー自分でも出来ることあるかもしれないな、って思えてきたところなんだ。

それでさ、
その段階でさ、
甘い、というか、まだまだだって云われちゃったら、
そうですね、そうですよ、って言うほかないじゃん。

長い目で見てよ もっと
長い目で見てよね

雨のち晴れのち 虹が見たいなら
まだ見守ってて

でも、そんな時間ないよ、
って言われたら、アタシには引きとめておくことなんて出来ないよ。

振り向いて!
お願いだから待って!
なんてどうして言えるの。

だから今は

またあなたに逢えるのを楽しみに待って
さようなら